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東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)4号 判決

原告 エス・カー・ヴエー・トロストベルク・アクチエンゲゼルシヤフト

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和五二年八月一七日付でした特許第五三九四一九号についての抹消登録処分を取消す

2  訴訟費用は被告の負担とする

との判決。

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、昭和四二年一月二八日押田良麿を特許出願代理人として、発明の名称を「建築材料およびその製造法」とする発明について特許出願をし、昭和四四年一月二四日審査官より右特許出願について特許をすべき旨の査定を受け、第一年ないし第三年分の特許料を納付し、同年四月三日、特許第五三九四一九号をもつて特許権の設定の登録がなされるに至つた(以下、「本件特許権」という。)。

2  ところが、被告は本件特許権について第四年分の特許料が納付されなかつたとの理由により、昭和四八年八月一六日付で抹消登録(以下、「第一回抹消登録」という。)をし、昭和五二年八月一七日「料金欄第四、五年分脱落(錯誤)のため」を理由として回復登録をしたが、同日付で、本件特許権について第六年分の特許料が納付されていないので本件特許権は昭和四八年九月一六日消滅したとの理由により、再び抹消登録(以下、「第二回抹消登録」という。)をした。

原告は、昭和五二年一一月七日被告がした第二回抹消登録処分について、被告に対し、行政不服審査法に基づき異議申立をしたが、昭和五四年一〇月二九日付で、被告より、右異議申立を棄却するとの決定がなされ、右決定書は同月三一日原告に送達された。なお、原告は、右異議申立をするに先立ち、昭和五二年一一月一日本件特許権についての第六年分ないし第一〇年分の特許料を被告に納付したが、昭和五三年三月七日付で不受理となつた。

3  被告がした第二回抹消登録処分は次の理由により違法である。

(一) 前記のとおり、第一回抹消登録は昭和四八年八月一六日付でなされたが、原告としては、右抹消登録が被告の錯誤によりなされたことを知る由もなく、また、本件特許権の第六年分特許料の納付期限は昭和四八年九月一六日であつてその間に一か月の期間は存したけれども、いつたん抹消登録がなされている以上原告が右納付期限までに第六年分特許料を納付しようとしてもその納付行為が不受理処分を受けることは明らかであるので、原告に右納付期限までに第六年分特許料を納付することを期待することは不可能であつたのである。のみならず、第四年分特許料の納付が被告によつて受理されるためには、第一回抹消登録処分をいわゆる行政不服審判手続ないしは行政事件訴訟手続を通じて取消す必要があるところ、その旨の判断が第六年分特許料の納付期限である昭和四八年九月一六日までになされることは到底不可能であつたのであるから、原告が納付期限までに第六年分特許料を納付しなかつたとしても原告の責に帰すべきものではない。したがつて、原告が第四年分特許料を法定期間内に適法に納付しているのに、被告は自らの過失により右特許料が右法定期間内に納付されていないものと誤認し、この誤認に基づき第一回抹消登録処分をしたのであるから、右抹消登録の回復登録をした際に、原告に権利回復に伴う第六年分特許料の納付の機会を与えるべきであつたのにこれを怠り、原告に対し、その機会を与えないままにした第二回抹消登録処分は違法である。

(二) 本件のように、被告が第一回抹消登録をして原告をして特許料を納付できない状態にしたのであるから、右抹消登録の錯誤を理由に回復登録をして、特許料を納付することができる法的状態になつた時点(回復登録をした昭和五二年八月一七日)において、被告は不動産登記法第六四条の規定を準用して原告にこれを通知し、かつ、特許法第一〇八条第二項ただし書及び第一二条第一項の規定の準用により右通知(書)が送達された日から三〇日あるいは六か月の期間内に特許料の追納を許すべきであつた。しかるに、被告は、右手続をとらず、原告に右追納の機会を与えることなく、右回復登録の日と同日に、本件特許権につき第二回抹消登録処分をしたのは違法である。

(三) 本件特許権は、第一回抹消登録処分により消滅し、原告は同日より特許権者でなくなつたといわざるをえない。そして、右抹消登録処分は判決によつて取消されるまでは有効であるうえ、本件特許権が消滅した理由が、真実特許料不納付の場合と、被告の過失により特許料不納付との誤認に基づく場合とで区別すべき理由はない。したがつて、原告は特許権者ではないから、以後特許料を支払う義務がない。もつとも、本件特許権につき前記回復登録がなされることにより、原告は特許権者となつたものの第二回抹消登録処分により再び特許権者でなくなつたものであり、右回復登録と第二回抹消登録とは同日付でなされたから、原告は、法律上、第一回抹消登録処分以来、特許権者でないものというべく、本件特許権設定登録が判決により回復されるまで、原告は特許料を納付する義務はない。しからば、第二回抹消登録処分が、前記のように第六年分特許料の不納付を理由とした点で違法であることは明らかである。

(四) 本件特許権についての特許料の第四年分納付書(甲第三号証の一)の下部に点線が写し出されているが、この部分には、領収書が添付されていたものであるところ、被告が現に保有する同納付書には「正本紛失につき、本書面を正本とみなす」旨記載(甲第三号証の二)されている。したがつて、右納付書は被告がこれを受領し、かつ、第四年分特許料納付と引換えに受領書が原告の委任を受けた弁理士事務所に交付された筈であるし、また、同事務所が現実に右領収書を所持していれば、これを被告に呈示して第四年分特許料納付の事実を証明することは容易であつた筈である。ところが、被告は、前記領収書の呈示を求めることなく、第四年分特許料の納付に関する「書類送付目録」(甲第三号証の三)の提出をもつて右特許料納付の事実が証明されたものとみなし、これに基づいて本件特許権の回復登録をしたのである。しかも、前記「書類送付目録」には一番下の行に本件特許権に関する添付書が他の書類と一緒に送付されたかの如く記載されてその旨装われているが、その文字は、それより上部の文字と筆蹟が異なり、両者が別人によつて書かれたことは明白であるし、また、右「書類送付目録」の一番下の行に書き込まれている点において、第五年分の特許料の納付における「書類送付目録」(甲第四号証の三)の場合と異なり、何時でも誰でも補充できる箇所である点で全く信憑性がない。更に、右一番下の行に記載されている「納付書」の文字の「納」の文字にかかつて「適」の印影がみえるが、右印影は他の「適」の印影に比べて著しく鮮明であつて後から押捺されたものである可能性がある。そして、前記弁理士事務所が特許料を納付すると領収書の交付を受ける筈であるのに、領収書を所持せず納付書のコピーを同事務所が保管していたということも不合理であるうえ、被告が、本件特許権について第四年分納付書及び第五年分納付書(甲第四号証の一)を二回にわたつて正本を紛失した(同号証の二には前記甲第三号証の二と同じ記載がある)ということも極めて作為的であつて、被告がこのような杜撰な文書管理をしているとは思われない。他方、被告は原告に対し事情聴取など一切していない。本件特許権が消滅して損害を被むるのは原告であるから、被告は原告から直接事情を聴取するのが公平な処理というべきである。以上の事情を考慮すると、本件特許権について第四年分の特許料は実際には被告に納付されておらず、納付されたように故意に作出されたものと推定しうる。したがつて、右のような不公正な事実を被告が自ら作出しておきながら、これに基づいて第六年分特許料が不納付という理由で本件特許権を消滅させることは行政処分の本質に背馳する違法な行為であつて取消を免れない。

三  請求の原因に対する被告の認否

請求の原因1及び2は認めるが、その余は争う。

四  被告の主張

被告が本件特許権について、昭和五二年八月一七日付でした本件特許権の第二回抹消登録処分は以下に述べるように適法である。

1  本件特許権の特許出願につき出願公告がなされたのは、昭和四三年九月一六日であるところ、原告は、その第六年分の特許料として、昭和四五年法律第九一号によつて改正される前の特許法第一〇七条第一項で規定する金額を同法第一〇八条第二項で規定する期間内に、あるいは同法第一一二条第二項で規定する金額を同条第一項で規定する期間内に納付しなければならないにもかかわらず、右期間を経過した後である昭和五二年一一月一日になつて納付したのである。同法所定の特許料が同法所定の期間内に納付されない場合、特許権は、同法第一一二条第三項の規定により同法第一〇八条第二項本文の規定の期間が経過した時に(本件においては昭和四八年九月一六日の経過によつて)消滅したものとみなされるところ、特許法は、納付しなかつた事由のいかんによつて異なる取扱いをすべき旨の規定を設けていない。したがつて、本件特許権は、昭和四八年九月一六日の経過によつて当然消滅したというほかはない。

原告は、被告は昭和四八年八月一六日に、誤つて本件特許権につき第一回抹消登録をした結果、原告が第六年分の特許料を納付したくても法的に許されない状態に追いやつたのであるから、昭和五二年八月一七日に回復登録をした際に、不動産登記法第六四条の規定を準用して原告にこれを通知し、かつ、特許法第一〇八条第二項ただし書の規定及び同法第一一二条第一項の規定を準用して右通知書の送達の日から三〇日あるいは六か月の期間内に所定の特許料の追納を許すべきであつた旨主張する。

しかしながら、第一回抹消登録は、原告が昭和四六年一一月一一日付で提出した第四年分の特許料の納付書による納付を被告が看過したことにより、第四年分の特許料が不納付であると誤認したためになされたものであるところ、右特許料を納付した事実を知悉する原告において、第一回抹消登録があつたことを知つたときに、その抹消登録処分の取消を求めるべく必要な争訟手続を行い、あるいは本件特許登録原簿の記載の是正を求め、それと同時に特許法所定の期間内に第六年分の特許料の納付を行うことは十分可能であつたといわなければならない。そして、特許法には原告が主張するようないわゆる準用規定はなく、また、制度の異なる不動産登記法の規定を準用し、これを前提として更に特許法第一〇八条第二項ただし書の規定及び第一一二条第一項の規定で定める期間内における追納を許すというが如き解釈を採ることは到底できないところである。ましてや、被告において追納の機会を与えるが如き権限はない。

よつて、本件特許権は、昭和四八年九月一六日の経過により消滅したものである。

2  原告は、被告がした第一回抹消登録の日(昭和四八年八月一六日)以降、特許権者でなくなつたからその後の特許料納付義務はないとして、第六年分の特許料の不納付を理由に被告がした第二回抹消登録処分は違法である旨主張する。

しかし、特許権者は、特許法所定の特許料を一定期間内に納付すべき義務があり(特許法第一〇七条第一項)、これを納付しないときは当然に特許権が消滅したものとみなされるのである。また、特許料が適法に納付され、当該特許権が存続しているにもかかわらず、被告が右納付の事実を看過し、不納付であると誤認して、抹消登録をしたとしても、その故に当該特許権は消滅するものではなく、その消長に何らの影響を及ぼすものではない。これを本件についてみるに、第一回抹消登録は、被告が、昭和四六年一一月一一日付で原告より提出された第四年分の特許料の納付書を看過し、第四年分の特許料は不納付であると誤認してなされたものであるが、この時点において、既に第五年分までの特許料が適法に納付されていたのであり、本件特許権は、なお有効に存続していることは明らかであるから、第一回抹消登録の日以降、原告が本件特許権の権利者でなくなつたとする主張は失当である。

してみれば、原告は、本件特許権につき、特許権者として第六年分以降の特許料を納付する義務を負うものであるところ、第六年分の特許料を特許法所定の期間内に納付しないため本件特許権は消滅したものとみなされたものであり、これを理由として被告がした第二回抹消登録処分は適法である。

五  被告の主張に対する原告の反論

被告は、特許料が適法に納付されていれば、たとえ、抹消登録の処分がなされたとしても、本件特許権はなお有効に存続すると主張する。

しかし、被告の右主張は行政処分の当然無効がありうることを前提とするものであつて不当であるばかりでなく、特許法の規定を遵守して特許料を適法に納付した特許権者よりも、同法の規定に反して特許料を納付しない特許権者を厚く保護することになり、失当である。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  原告が、本件特許権について、昭和四四年四月三日特許権の設定の登録を受けたこと、本件特許権につき第一回抹消登録がされたが、昭和五二年八月一七日原告主張の理由によつて回復登録がされたこと、本件特許権につき第二回抹消登録がされたこと及び原告が本件特許権の特許料の第六年分をその納付期限である昭和四八年九月一六日までに納付しなかつたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、被告が本件特許権についてした第二回抹消登録処分が違法であるか否かについて判断する。

1  原告は、被告が第二回抹消登録をするには、原告に対し特許料納付の機会を与えることを必要とする旨主張する。

しかしながら、右主張のように解すべき法律上ないし理論上の根拠はない。そして、特許権者は、特許法に定める期間内に同法所定の特許料を納付する義務があるのであつて(同法第一〇七条第一項、第一〇八条、第一一二条)、特許権者が同法所定の期間内に所定の特許料を納付しないときは、当該特許権は同法所定の期間の経過のときにさかのぼつて当然消滅したものとみなされ(同法第一一二条第三項)、納付しなかつた事由により、これを異別に解する規定ないし理論上の根拠はない。したがつて、被告において、本件特許権の特許料(第四年分)が特許法所定の期間内に納付されていないと誤認し、この誤認に基づき第一回抹消登録をし、その後、前記回復登録をした本件のような場合であつても、被告は、特許権者たる原告に対し第六年分の特許料が納付されていない旨の通知等をしてその納付の機会を与える義務を負うものではなく、他方、特許権者たる原告の特許料納付義務は、被告からの右通知等をまつて初めて発生するものでないことは明らかである。よつて、第二回抹消登録をするにつき原告に特許料納付の機会を与えるべく被告に義務があるとする原告の右主張は採用することができない。

原告は第一回抹消登録がなされている以上第六年分の特許料を納付しようとしても不受理処分を受けることが明らかであるとか、第一回抹消登録処分を争訟手続によつて取消すべく判断を得るにしても第六年分の特許料納付期限までには不可能であるから、同特許料の不納付は、原告の責に帰すべき事由に基づくものではない旨主張する。しかし、原告の納付行為(法律上納付義務があること前記説示のとおり)に対し仮に不受理処分がなされたとしても、本件においてはこの処分は誤りであり第六年分特許料としての納付の効果は肯定されることは明らかであるというべく、また主張するような争訟手続をとるまでもなく、納付期限までに納付することが可能であることはその主張するところからも明らかであり、これを要するに、原告はみずから特許権者として第六年分特許料をその納付期限までに納付しうべくかつ納付すべきであることを知りながら、納付することを怠り、被告の誤認による第一回抹消登録の誤りを根拠に、第二回抹消登録を違法と非難するに帰するというべく、右主張を採ることをえない。

2  次に、原告は、被告が本件特許権につき、昭和五二年八月一七日回復登録した際に、不動産登記法第六四条の規定を準用して原告にこれを通知し、かつ、特許法第一〇八条第二項ただし書及び第一一二条第一項の規定を準用し、右通知(書)の送達の日から三〇日あるいは六か月以内の期間に特許料の追納を許すべきである旨主張する。

しかしながら、不動産登記制度は、不動産取引の安全と円滑を図るために、不動産に関する権利関係とその客体である不動産の現況を登記簿に記載し、公示する制度であるから、このように制度の異なる不動産登記法の規定を準用することができないことはいうまでもない。してみれば、原告の右主張を採用することはできない。

3  また、原告は、「第一回抹消登録により本件特許権は消滅し、これにより原告は特許権者でなくなつたから、第六年分の特許料を納付する義務はない。故にその納付がないことを理由とした第二回抹消登録処分は違法である」旨主張する。

特許法第六六条第一項の規定は、特許権は設定の登録により発生すると規定する。すなわち、登録は特許権の発生の要件である。しかしながら、特許権が発生した以上この特許権は法律上の消滅事由が存在しない限り消滅するものではない。換言すれば法律上の消滅事由を伴わない抹消登録は、この登録がなされてもこれによつて特許権消滅の効果を生じるものではない。しかして、第一回抹消登録は、原告において本件特許権についての特許料の第四年分を納付していたにもかかわらず、被告においてこの納付がないものと誤認した結果なされたものであり、したがつて、第一回抹消登録は何ら本件特許権の消滅事由を伴うものではないから、右説示するとおり同登録によつて本件特許権が消滅するいわれはない。

右の点につき原告は、第一回抹消登録によつて原告は特許権者ではなくなつたと解することを肯定しないことは、行政処分の当然無効があることを前提とすることになり、特許法の規定を遵守して特許料を納付した特許権者が保護されないことになるので、失当である旨主張するが、その主張するところは直ちに首肯し難いので、右主張は前記判断を左右するに足る論拠とはなし難い。

よつて、第一回抹消登録により本件特許権が消滅したことを前提とする原告の右主張もまた、採用することができない。

4  更に、原告は、本件特許権について第四年分の特許料が実際に被告に納付されておらず、納付されたように故意に作成されたものと推定されるから、かかる不公正な事実を被告みずから作出しながらこれに基づいて第六年分特許料が不納付という理由で本件特許権を消滅させることは違法であるとか特許料の第四年分、第五年分納付書の記載の態様につきあれこれ言及して主張する。しかし、原告が述べる右のような事実を肯認させる証拠はなく、また、右各納付書に関し述べるところを検討しても第二回抹消登録処分が違法であるとは認めるに至らない。

三  よつて、第二回抹消登録処分は適法であり、これを違法としてその取消を求める本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 秋吉稔弘 野崎悦宏 川島貴志郎)

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